幸せになるための最初の”気づき”
こんにちは♪ たかねこです。
初回の投稿からだいぶ時間が空いてしまいましたが、日々の”気づき”部活動は毎日続けています(^^)
前回のブログで、もとから生活の中で”気づき”を集めるのが好きだったと書きました。よくよく思い出してみると、小さい頃からそんな話をするのが好きな子だった気がします。
でも親は自分のことで精一杯だし、すごく仲のいいお友だちだってそうそう共感してくれる話でもなく、人に聞いてもらう内容ではないんだなと思うようになりました。
そのうち、成長するに従って目の前の現実をこなしていくのに忙しくなり「私とは」や「生きるとは」など考えていられなくなりましたね。それが普通。ごく普通のことだと思います。
でも、不器用(というか社会不適合)な私にとって現実をこなし続けて生きることは、自分を押し殺してロボットのように動き続けることでした。
なぜそうなったか。
病気持ちで生まれてきたこともあり、これ以上親に心配をかけたくないという気持ちから、親が安心する道、親が納得する生き方を自ら選んでいたのです。
まあ、よくある話です。
それを続けていたらどうなったか。
- 自分の適性を無視した職業選びをして、どの職に就いても会社に行くのがツラくてしかたなかった。
- 心の傷を舐め合うような相手と結婚し、結局3年で離婚。
- どんなにツラくても仕事を頑張り抜いた結果、死なない程度の病気になり入退院を繰り返した。
- 再婚した夫が突然失踪した(幸い2週間で帰還した)。
- 失踪当時、夫は数百万円の借金を作っていた。
これも、ありきたりな身の上話です。
自分が何者で、何が好きで何が嫌いで、何が得意で何が苦手で…そんなことを考えるよりも、(社会不適合者でも)生きていけるように、人並みにお給料がもらえるように…その目的を達成して維持するためには、どう振る舞い何を学んだらいいかを探り続ける。
そりゃ生きづらくもなりますわ。
それで、すっかり自分を見失ったころに
「あれっ!?私の幸せってどんなだっけ??????」
と考えはじめました。
体が限界を迎えたため、正社員の職を辞して週4パートをしていたころです。
とのときは、今の夫と再婚していました。
この問いが、今の私の”気づき”コレクションのきっかけだったと思います。
ただ、この問いへの答えは簡単には見つかりませんでした。
そもそも「死なない程度の病気で入退院を繰り返す」ぐらいのことでは、本気で自分と向き合う動機にはならなかったようです。
その後、東日本大震災を(関東平野部で)経験し、夫の失踪と帰還を経験し、そこでやっと「私にとって何が幸せか?」を真剣に考えるようになりました。
真剣に考えているつもりでも、なかなか核心をつく答えを得るには至らなかったんですよね~。
その理由は(今思えばですが)焦っていて、じっくり考えるよりもつい先に動いてしまうから。
そして2年前です。
とうとう動きを止めざるを得ないときがきました。
2年かけて、丁寧に丁寧に自分と向き合ってきたつもりです。
その結果、やっと本来の自分に出会えた気がしています。
ということで、今日の”気づき”シェアのまとめです。
Byみーちゃん
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました(*^^*)